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八代目、物思いにふける

こんなときだからこそ、学びが必要。

八代目、物思いにふける 】 | 2011年10月25日

みなさんお元気ですか。ボクは元気です。なんだか調子が(体調が悪いわけではなかったけど)いい具合に戻ってきました。
今日は、以前観たドキュメンタリー映画のハナシ…の続き。
環境保護活動を含めた、食に関する(ドキュメンタリー)映画は様々あるよね。
昨年の10月に観た「未来の食卓」を、社員研修会で上映しました。

震災でボクたちの食生活は一変しました。明日は食べられるのか…からはじまり、炊き出しのおにぎり、救援物資のインスタント食品、缶詰、レトルト食品…。
とてもありがたかった。半分、飢えをしのぐ意味もあったからね。7ヶ月以上たった今、また食生活が変わろうとしている。変わるというより、元に戻ろうとし ている。妻がボクの体のことを考えて作る、家族がウマイッ!と笑顔で食卓を囲む食事。そういうのが心底、毎日食べたい。たぶん、ボクだけじゃなくて、みん なそう。
自分たちが日々口にしてきた食事や環境がどれほど心に栄養を与えていたのか、いま、身にしみて感じていると思うんだ。こんなときだからこそ、「食」が心と 身体に与える影響(その食べ物がどんな風に作られているのかも含めて)を、きちんと学んで(学び直して)おきたいなぁ、と思ってね。
アンケートもとったよ。おもしろいよ。明日の食べ物の心配を経験したから、健康を考えるだけじゃない回答があって。

(1)「未来の食卓」から想像する食べ物は?
 マンガの世界で出てきそうなもの。
 サプリメント。
 現代以上の二極化(高いもの、安いもの/安心安全、添加物等なんでもあり)
 ボタンひとつで食べたいものが。
 旬がなくなる。
 自給自足。

(2)震災前と震災後の食事内容は変わりましたか?
 かわった…54.5%
 かわらない…45.5%

(3)2で「かわった」とお答えの方に質問。食事内容(環境)に満足していますか?
 満足している…8.3%
 不満…33.3%
 気にしない…58.3%

(4)3で「不満」とお答えの方に質問。それはなぜ?
 家族全員で食卓を囲んでいたのに、震災後はそれがかなわない。
 震災後にパン、カップラーメンを食べる量が増えた。
 自分や家族が食べたいメニューが作れない。
 旬のものが食べられなくなった。
 野菜類が少なくなった。
 救援物資の菓子パンが食事に続いたときは辛かった。

(5)みなさまに質問。どういう食卓(環境)であれば幸せと感じられますか?
 家族そろっての食事。
 自分で作った野菜が食卓にのっていて、それを家族で食べること。
 バランスのとれた食事。
 昔ながらの食事。
 食べられるだけで幸せ。
 自分が食べたいものを、食べたいときに、食べたいだけ食べられること。
 震災翌日、みんなで回し飲みした、1杯の水を飲んだとき。
 お腹いっぱい食べたとき。
 楽しい食卓。

(6)いま、食事で気をつけていることはありますか?
 ある…72.7%
 ない…22.8%
 まったく気にしない…4.5%

(7)6で「ある」とお答えの方に質問。それはなんですか?
 救援物資が多いので、野菜を加えている。
 油、塩分の摂りすぎに注意する。
 旬のものを摂る。
 添加物が(なるべく)入っていないものを選ぶ。
 野菜具だくさん味噌汁を食べる。

…等々。
オーガニックがどうとか、遺伝子組換えが云々、の前に、ボクたちは、生きるために食べることを選んだんだ。そして、これからの食事は命と豊かな心をはぐくむものであってほしい。最後の質問は、ここにはのせないけど、ある社員がひとこと、書いてたんだ。

震災後、主人と5日ぶりに再会したとき、泣いてくれた。
そのあと、そばを食べに入った、小さな食堂の古ぼけた額の色紙に書いてあった言葉……
「あなたとの出会いは生きてゆくごほうび」
まさに、その通りだと思った。

ボクも妻と再会したときは、心が震えました。こんな大災害に直面して、心が萎えそうになるボクのそばに、この妻がいてくれたことが、何よりも大きな支えだった。
ボクは「ええかっこしぃ」だから見栄をはるときもあるし、売り言葉に買い言葉もたびたび(笑)。
でも、食べ物に関して妥協しない妻はボクの背中をいつもドーンと押してくれていた。
今回の社員研修会も、食のこと、原発のこと、遺伝子組換えのこと、妻は社員に伝えている。「いまのうちにいろんなことを学んでおけば、いざというときに強くなれるから。」
きちんとした食生活をおくっていると、きちんとした人になれそうな気がしない(笑)?ボクはそんな気がする。
どんなときにも冷静沈着で正しい判断ができる人間でありたい。
そのために、ボクたちは食とその環境について学びつづけるんだ。

ボクのたからもの

八代目、物思いにふける 】 | 2011年8月17日

ボクはパソコンがほとんど使えません。できることと言ったら、キーボードのひらがなを目で追いかけ、人さし指でたどたどしく一文字一文字押すのがやっと(笑)。
ここに掲載される内容は、口述。メールでコメントをいただいても、電話やFAX 、ハガキで返事をします。これまた口述で、社員にメールで返信してもらうこともあるけど、ボクは、アナログでとても不便な男です。

3月11日の東日本大震災では、公共公益設備や通信設備が完全に寸断され、みなさまからの安否を気遣うメールや励ましのメールをいただいてから、実際に目にすることができたのは、約1ヶ月後のことでした。
お礼のメールを(口述で)しようにも、今度は回線接続が安定せず、メールでの返信を断念し、手紙やハガキ(←これも、その時に手に入れられたもので、手紙 になったりハガキになったり、はたまたコピー用紙だったり…)で返事を書き始めたのは、4月下旬になってからのことでした。

手紙やメールに返事をするというのは、本来ボクがやらなければいけない仕事だったでしょう。書いたり、陸前高田市を離れて 電話できる場所では、電話連絡したりしましたが、みなさまからの励ましはとても多くて、ボクのスピードが追い付かず、ボクが目を通したものから社員に返事 を書くことをお願いしました。
口述じゃないし、ゴーストライター、スピーチライターでもないから、「○×○×…ボクは河野和義です。」という文面は書けない。だから、社員がそれぞれ名 乗って、震災前は八木澤商店でどんな仕事をしていたかを綴り、みなさまからの励ましにどれだけ勇気づけられ、ありがたかったかを、お礼の言葉にする。
それを社員全員でおこない、ある程度の目処がたつまでに、何日も何日もかかりました。
みなさまからの励ましは、本当に嬉しかった。
ありがとうございました。

みなさまは、みなさまからの励ましは、ボクの、八木澤商店のたからもの。
そして、返事に正直に胸の内を綴り、それでも頑張る、と書いた社員たちも、ボクのかけがえのないたからもの。
そういう、目に見えないつながりだったり、寄り添ってくださる気持ちが、こんなにもいとおしく思うこともそうないんじゃないだろうか。
震災後、ボクはますます涙もろくなった。変わったところはいっぱいあるけれど、パソコンが使えないのは、相変わらず(笑)。
このままアナログ人間でいこう。

みなさま、残暑お見舞い申し上げます。
猛暑の夏、ボクは元気です。

それが僕の生きる道だ

八代目、物思いにふける 】 | 2011年4月12日

 不思議だね。とっても変なカンジなんだ。悲しいのに涙が出ない。カラダのどこかに空洞ができたみたいで、何をしても埋まらない。

 あの日、僕は東京にいたんだ。仕事を終え、新幹線に乗っていた時、地震にあったの。新幹線がひっくり返るんじゃないかと思うくらい揺れた。トンネルの中で、しかも電気が消え真っ暗。しばらくしたら車内放送で震源地が宮城県沖、大津波警報発令と聞いたんだ。
 「あぁ、これは大変だ…」と思ったけど、正直その時は会社や家族のことを心配するより、真っ暗な中に閉じ込められた自分を何とかしなくちゃ、そればかり考えてた。
 去年も大津波警報が発令されても大きな被害がなかったから、そんな風に考えてしまったんだね。
 結局3時間後に新幹線は上野駅まで戻り、僕たちはそこで降ろされたんだ。
 携帯電話はつながらず、ホテルはどこも満室。やっとの思いでたどり着いた親せきの家で目にとびこんできたのが、上空からの陸前高田市の惨状。

 「全滅だ。」そう思った。

 地震がおきて、津波が町をのみこんだあの日、八木澤商店では大切な社員を一人、失った。
 消防団員で地域の住民を避難誘導し、家の中に残っている人がいないか確認するため、また町に戻ったらしい。地震発生からわずか30分でのあの津波。
 実の妹も1ヶ月近くたった今も行方がわからない。
 空洞が埋まらず、悲しいのに涙も出ないのはそのせいかな。目の前はガレキの山なのに、津波は映画の世界のようで、一瞬のうちに大切な人達をいともカンタンにのみこんでいく。
 実感がわかない。どこかに居る。連絡が取れないだけのことかもしれない。
 何度そう考えたことか。

 僕が変わり果てた会社を見たのは、数日たってからのことだった。かすかなもろみの香りが風にのって僕の鼻をくすぐる。まるで、ここに居るよ、と教えてくれているみたいに。
 「八木澤は終わった。町もなくなった。何もかも終わった。」ここにあったはずの蔵は影も形もなく、わずかに土台を残しているだけ。屋号の「やません」の 文字が入った醤油ラベルが土に半分埋もれている。ほんの数日前まで、僕はここで蔵を見せながら日本古来の発酵調味料、醤油の素晴らしさを伝えていたのに。 「醤油はこうやってつくられるんだよ」と工場を案内していたのに。
 僕の目の前には数日前までここにあったものが、何もない。だから「廃業」とポツンと言った。
 そしたら息子はそれを許してくれなかった。
 「再建する、必ず。だから、社員は解雇しない。会社も町も復興する。」
 息子は言い切った。その言葉に、そうか、よし!復興させる!そう思ったけど、どうしても不安がぬぐいされない。僕の気持ちを察してか知らずか、毎日全国から届く沢山の手紙や救援物資。それを見ていたら、今まで味わったことのない感情がふつふつと沸きあがる。
 再興する。自分のそんなちっぽけな不安は捨ててしまえ。何故下を向く?沢山の人の前で中途半端だとグチが出て、本気だと知恵が出る、何度も何度も言ってきたじゃないか。
 じゃあ今、僕は自分のことに関してはどうなんだ?
 全滅、終わった、廃業、社員解雇、ここ数日、それ以外に自分は何を考えた?

 「会社をたて直し、お醤油をしぼる日がきたら必ず知らせて下さい。」

 僕がしなければいけないことは下を向くことでも、肩をおとすことでもない。
 会社をたて直し、社員と一丸となって醤油をしぼる日をむかえる。そして、それをお客様に届ける。今までしてきたことを続けるだけのことじゃないか。

 時間はかかる。長い長い時間はかかる。
 でも再建する。そう決めた。醤油を搾ってお客様に届ける。
 それが僕の生きる道だ。

おいしさのひみつ

八代目、物思いにふける 】 | 2011年2月21日

第5回しょうゆ感想文コンクールがおこなわれ、今年も、地元の小学生が受賞しました。
この感想文コンクールは、「食育」推進の一環として実施している「しょうゆもの知り博士の出前授業」や「工場見学」「学校の調べ学習」と連動した企画で、 全国の小学生(3年生~6年生)を対象に、それぞれの部門で体験したことを感想文という形で記録にとどめていただくために、広く自由な発想の感想文を募集 している企画です。
(平成22年12月17日応募締め切り)

全国の児童から3部門に921点(「出前授業部門」:784点、「工場見学部門」:55点、「調べ学習部門」:82点)の応募があって、長部小学校3年生の亜侑さんは、最優秀賞に次ぐ優秀賞を受賞。
長部小学校は第2回から4年連続の入賞で、子どもたちの素晴らしい感性をどんどんひきだしてくれる先生方やそういう教育をきちんとされているんだと思う。
校長先生が言うには、「亜侑ちゃんは、書きたいことがいっぱいあって、『楽しかった、おもしろかった』で終わらず、どんな感じだったか具体的に表現しようとしていた。」と。
読んでみると、たしかにその通り。
素晴らしい。本当にすばらしい。
工場見学の夜、亜侑さんは興奮してお父さんとお母さんに話したんですって。
子どもたちの「うきうき・わくわく」がどんどん大きくなる手伝いをもっともっとしていきたいね。

受賞作文を紹介します。
 

優秀賞 「おいしさのひみつ」

長部小学校三年 山崎 亜侑

写真は左から
八木澤商店醤油製造課長兼しょうゆもの知り博士 菊池 伸宏
岩手県味噌醤油工業協同組合事務局長兼しょうゆもの知り博士 吉田 隆一氏
手前 長部小学校3年生 山崎 亜侑さん
後ろ 山崎さんのお父さんとお母さん
担任の熊谷先生
長部小学校校長

 今日は、まちにまった八木さわ商店の工場見学の日です。わたしたちは、しょうゆのおいしさのひみつをさがしに出かけました。
 工場に入る前に、きく地さんからしょうゆについてくわしく教えていただきました。
 一番おどろいたのは、しょうゆの色です。
「なんて赤いんだろう。」
そのまま見ると黒っぽいしょうゆは、光を当ててすかして見ると、ガラス玉のようなきれいな赤い色でした。きく地さんは、
「赤いのは、新せんなしょうこなんだよ。」
と教えてくださいました。
 わかいもろみととしをとったもろみの味見もしました。わかいもろみは、しょっぱくて少しにがかったです。反対に、としをとったもろみは、しょっぱいけれどあまみがありました。どうして古くなるとあまみが出るのかとてもふ思ぎでした。
 八木さわ商店のしょうゆには、おいしい地下水と岩手けんで作られた大豆や小麦がつかわれている事も知りました。
 説明の最後に、もろみをしぼる実験をしてもらいました。ろ紙からぽたぽたとゆっくりしょうゆが落ちてきました。しょうゆは、あっという間にできるのかなと思っていたけれど、長い時間がかかる事を初めて知りました。
 しょうゆの実けんが終わって、いよいよ工場を見学しました。
 せまいかいだんを上って、小麦をいる部屋に行きました。この部屋のおくに、いった小麦とむした大豆をねかせる大事な部屋があって、中の温度を調せつしています。コウジきんは、親が子どもを育てるように、大切にされているんだなあと思いました。
 次に、もろみをしぼるところを見せてもらいました。大きなきれにつつんだもろみを、たくさん重ねてきかいでしぼっていました。
「これ、食べてみて。」
と工場の人にすすめられて、しぼったかすをみんなで味見しました。しょうゆのあじがしておいしいのかなと思ったら、ぱさぱさしていて、ちょっぴりにがかったです。
 いろいろな音がする大きな部屋から少しはなれた二かいに、もろみをねかせる部屋がありました。たくさんのたるの中に、みそのようになったもろみがねむっ ていました。ねむっているうちに、子どもが大人になるようにだんだんあまみやうまみが出てくるのかなあと思いました。もろみは、時々かきまぜられてしぼら れるのをまちます。
「もう少しだよ。がんばって。」
 わたしは、もう少しでしょうゆになるもろみたちをおうえんしたくなりました。
 しょうゆは時間をかけて大事に大事に育てられていました。おいしい地下水と岩手けんでとれた大豆と小麦、それから作る人のあいじょう。今日の見学を通して、八木沢商店のしょうゆのおいしさのひみつが分かりました。

「未来の食卓」は僕の未来の食卓。

八代目、物思いにふける 】 | 2010年10月22日

 みなさん、フランスのドキュメンタリー映画『未来の食卓』ご覧になったこと、ありますか?
昨年の秋ごろ(だったかな?)に上映され、食にたずさわる人たちの間で静かなブームをよんだ映画。遅ればせながら、僕もやっと観ました。

 南フランスのバルジャック村で、「学校給食と高齢者の宅配給食をオーガニックにする」試みを1年にわたって追いかけた内容。

 観た後に、なぜだろう。ちょっとため息がでちゃった。うまく表現できない、なにかこみあげるもの。心の奥底ではいつも考 える。理想を追い求め、こだわり抜いて、それで喰っていけたら言うことなし。でも、現実、(今は)そうはいかない。どんなにこだわりをうたっても、激安商 品にかなわないときだってあるし、もっともっとこだわっている人たちがいて、「あぁ、僕はまだまだ努力が足りない」と思い知らされる。

 日本では、「給食を子どもにだしてくれとたのんでいない。学校が勝手にだしているだけ。」と言って、「いただきます」「ごちそうさま」を言う必要はないといい、挙句、給食費を払わない親もいるというから驚きだよね。
誤解を招くことを承知で言わせてもらうなら、そういうのって、都会のことだけかと思ってたの。それが違うっていうから、もっとショック。そういう人たち は、給食の内容や、素材がどこでつくられたとか、どこから運ばれてきたとか、そんなことは考えないだろうね。寂いしいなぁ。
ある本を読んだら、写真付きで現在の給食事情を伝えていたの。予算配分とカロリー計算から生まれる「なんじゃこりゃ??」組み合わせ給食。現代は、昔に比 べると油分と糖分の摂取過剰で、病気までもが欧米化しているでしょう。全国の学校給食が毎日、本に掲載されている内容だとは思わないけれど、「いちばん大 切なこと」が消えかかっているようで、なんだかつらい。

 命あるものをいただき、僕らは生きている。それはとっても単純なことで、でもとっても奥が深いこと。
生かされていることに「いただきます。」「ありがとう。」お天道様にはかなわないこともやっとわかった。どんなに頭からけむりだして考えたって、人間の思う通りには、特に自然は事すすまない。
子どもの将来を考えた時、「いただきます」「ありがとう」が素直に言える環境をつくってやるのが親のつとめだと思う。それに、大人が「いただきます」や「ありがとう」が言えないなんて、なんか、カッコ悪いじゃん。

 映画は「オーガニック」をうたっていて、できることならボクもそうなればいいと思う。でも、簡単にはいかない。
日本の農業は化学肥料や農薬依存がまだまだ高いし、急に切り替えても土に作物を育てる力がない。ボクが田んぼや畑にすがりつくのは、農業を生業としていな いボクが、「まず、やってみる」ことがボクにできることなのかなぁ・・・と思って。失敗したら、次成功させるためには・・・と考える。そしてやってみる。 成功して、失敗して、成功して・・・・・。そうやって、きゅうり畑や大豆畑、田んぼを少しずつつくってきた。

 でもね、この映画を観て、「オーガニックが大事」ということも、もちろん思ったけど、ボクたちのまわりで最初に考えなくちゃいけないと思ったのは、食品添加物と化学肥料や農薬をできるだけ減らしていくということ。
簡単で、しかも便利。これはわかる。それに「美味しい」とも思う。人工的な味に慣れてしまったボクたちの舌とカラダに、命ある食物を届けないと。豊かな心を育むのは、豊かな食生活のような気がするんだよね。

 ボクの究極の理想は自給自足。そしてそこに「心」があること。食べるときには「いただきます」といい、食べ終わったら「ごちそうさま」、感謝のときは「ありがとう」。かんたんなことだけど、簡単なことではなくなってきたらしい。
ボクはちゃんと愛情を言葉で表現したい。食べるものがきちんとすると、それができるようになると思うの。
「未来の食卓」は、人間の健康や、いま、作物はどのようにつくられているのか、現状を伝えていた。そして、バルジャック村が選択した「オーガニック給食」 は未来をすこやかに過ごすためのひとつの方法。どんなものを作り、どのような商品をお客様に提供していくか、会社の方針を決定づける機会は今までもたくさ んあった。だから、今があるの。
そして、「未来の食卓」。映画にでてくる子どもたちの笑顔がボクに勇気を与えてくれる。「社長、そのまま突っ走れ!」って言ってくれてるような気がして。

 思い込みは強いんだよね、ボク(笑)。

八木澤のしょう油は岩手一

八代目、物思いにふける 】 | 2010年2月25日

日本醤油協会では「食育」推進の一環として、「第4回しょうゆ感想文コンクール」を実施しました。
全国の児童(小学生3~6年生)から1,139点の応募があって、なんと今年も地元の小学生が入賞しました。
その小学校は第2回、3回、4回と、3年連続で受賞。この快挙はこの小学校だけ。
先生方の、子供たちの「やればできる」と「持っている感性を大事にすること」、「彼らの才能を存分に引き出す」という学校の方針は素晴らしい。
そしてなによりも、感じたことを素直に表現している顕仁くんの文章が素晴らしい。
しょうゆもの知り博士のトモオくんも感心することしきり。 ますます博士の教え方に熱がはいるよね(笑)。

作文を紹介します。
 

優秀賞 「八木澤のしょう油は岩手一」

長部小学校3年 荒木 顕仁

写真左:八木澤商店しょうゆもの知り博士 吉田 智雄
写真右:荒木 顕仁くん

 「プチ、プチ、プチプチ。」
しょう油工場の見学に行って、一番おどろいたのが、この音でした。みんなが、シーンとしずかになると、たるの中のしょう油から、ふしぎで楽しい感じの音が、聞こえました。
 ぼくは、社会科の勉強で八木澤商店というしょう油工場を見学しました。見学に行く前、ぼくはしょう油が出来るまでの道のりやどうやって美味しくしているのかを知りたいと思いました。だから、見学の日を楽しみにしていました。
 見学の最初に上八公民館でビデオを見せてもらいました。しょう油が出来るまでの事も教えてもらいました。材料や作り方がよく分かりました。八木澤のしょう油は岩手の大豆(丸大豆)や小麦を使用していると聞き、地元の物を使っているんだなぁと思いました。
 説明の後、もろみをしぼるところを見せてもらいました。とてもゆっくりだったけれど面白かったです。その後、もろみを食べさせてもらいました。もろみ は、一ヶ月、二ヶ月、二年間とねかせた時間のちがう三種類のもろみでした。ねかせて一ヶ月のものは、塩の味がすごく強くてただしょっぱいだけでした。二ヶ 月のものは、少しまろやかになっていたけれど、まだ少し塩の味がしました。最後に二年間ねかせたものはすごくまろやかになっていて、塩の味というより美味 しいしょう油の味だと思いました。ねかせるだけでこんなに味がかわるとは、思いませんでした。
 その後、出来上がったしょう油を食べさせてもらいました。こい口しょう油とうす口しょう油と、さしみじょう油(さいしこみしょう油)の三種類のしょう油 を、食べさせてもらいました。一番美味しかったのが、さしみじょう油でした。やっぱり二回もしこんでいるから美味しいんじゃないかなと、ぼくは思いまし た。
 ぼくの家でも八木澤のしょう油を使っています。にものなどにこい口しょう油を使っています。今度、美味しかったさしみじょう油を買ってもらいたいと思いました。
 最後に、工場の中を見学させてもらいました。ぼくは、いっぱいの部屋に分かれていると思ったけれどちがいました。二百年以上前にたてられた工場なのでと ても古い感じがしました。新しく直した場所もあったけれど、土間や木のかいだんもあって、すごくれきしがあるんだなぁと思いました。そんなれきしある工場 の中のたるの中から、
「プチ、プチ、プチプチプチ。」
と聞こえてきて、二百年前の人達もこの音を聞いていたのかと思うと、とても不思議な感じがしました。
 こんなにも古くからしょう油を作っているし、作っている人達のあいじょうがこめられているから、八木澤のしょう油は、岩手一だとぼくは思いました。

田舎のごっつぉ 用賀店

八代目、物思いにふける 】 | 2010年1月12日

みなさま、新年おめでとうございます。
本年も変わらぬご愛顧なにとぞよろしくお願いいたします。

さて、世田谷在住者の方から、以下のようなコメントと写真をいただきました。

本日、12/12 土曜日、自転車で7分の世田谷区 用賀駅前(東急田園都市線)の用賀商店街の陸前高田市アンテナショップに行きました。「田舎のごっつお」です。

用賀商店街は駅前スーパーの影響もあり、鮮魚店が閉店し、現存しません。
用賀商店街振興組合と陸前高田市は協議のうえ、先月、11月14日(土)、陸前高田市のアンテナショップ「田舎のごっつお」を開店し、陸前高田市、地元の特産品を販売しています。
 

店内にイカ釣り用ランプ、漁網、大漁旗などを飾り付け、三陸沖から届く新鮮な魚介類が並びます。

鮮魚店が消えた街、用賀の商店街に陸前高田から直送の八木澤商店さんの醤油・味噌・漬物、酔仙酒造さんの美酒、きのこの SATOさんの きのこ、広田湾漁業協同組合さんの わかめ・帆立・牡蠣・うに・烏賊・鮮魚、陸前高田地域振興株式会社さんの 水産・農産加工品などが多 品種、並びます。

店頭からは 地上120m、28階建ての超高層ビル「世田谷ビジネススクエア」が仰ぎ見えます。
店内は土曜日の午後の買い物客でごった返していました。商店街は人と物品の交流の場、「田舎のごっつお」が用賀商店街を蘇らせています。

商店街が消えていくのは田舎だけの話ではないんですね。
「田舎のごっつぉ」は陸前高田のおいしいものをどんどん紹介して、みなさまに美味しいものを、陸前高田を知ってもらいたい、そんなお店です。
先日、八木澤商店のお店にいらしたお客様が「用賀のお店で味噌が売り切れていたので、ついでにここで買って帰ります。」とおっしゃってました。
世田谷用賀と陸前高田は遠く離れているけれど、お客様が遠い距離をつなげてくださっている・・・そんな風に思えて、なんだか嬉しいのと涙がでそうなのと気持ちが入り混じった、へんな感情にとらわれました(笑)。

用賀商店街お近くにお住まいのみなさま、お近くじゃなくても「行ってみようかしら・・・。」と思ったみなさま。
ぜひ、「田舎のごっつぉ」に足を運んでみてください。
僕も東京出張があれば、行きます。
売り子になって「いらっしゃいませ~!!」と声をはりあげてみようかな(笑)。

いのちの食べかた

八代目、物思いにふける 】 | 2009年8月26日

先日、全社研修会でドキュメンタリー映画「いのちの食べかた」の上映会がありました。
ナレーション、BGMなしの作業音のみの90分。内容が内容なだけに、具合を悪くする社員もでてしまいました。
おそらく、この映画を観た後は、ちょっとの間でも、スーパーに並ぶ食品がどのようにしてつくられ、ここまできたのかを想像すると思うんです。そして、いつ も何気なく買っていたものに対して、ひと呼吸おいて、吟味してから買い物かごに入れていく・・・。そんな日が何日かはあるんじゃないかと。
それをふまえて、研修会終了後にアンケートをとりました。おもしろいですよ。
心が食や命の大切さを痛烈に感じていることと、実際の食生活の実態。「わかっちゃいるけど・・・」も、ちらほら。でも知ることと、知らないでいることでは食べ物だけではなくて、いろんなものを選択していく上で将来に大きな差が出るよね。

僕もまだまだ勉強不足。見ることも、聞くことも、体感することも。
では、アンケート結果をご覧あれ。

■アンケート結果

(1)今日の映画は?

  その他 : 観たいけど、観たくなかった / 無回答


 

(2)食品を購入する際、気をつけていることは? (複数可)

  その他 : 賞味(消費)期限 / 価格にくらべてよいもの



(3)納豆、豆腐、味噌、醤油等大豆製品を買う場合



(4)食品を購入する際、価格は気になりますか? (複数可)



(5)自分たちが扱っている商品の主原料産地がわかりますか?



(6)「地産地消」を説明できますか?


地産地消 とは・・・。

『地域生産地域消費』『地元生産地元消費』などの略。
その地域で作られた農産物・水産物を、その地域で消費すること。また、その考え方や運動。
輸送費用を抑え、フードマイレージ削減や、地域の食材・食文化への理解促進(食育)、地域経済活性化、食糧自給率のアップなどにつながるものと期待されている。



(7)「スローフードを説明できますか?


スローフード slow food とは・・・。

食生活や食文化を根本から考えていこうという運動。伝統的な食材や料理方法を守り、質のよい食品や、それを提供する小生産者を守り、消費者に味の教育を進めるというもの。
1986年ころにイタリアで生まれた運動。



(8)「フードマイレージ」を説明できますか?


フードマイレージ food mileage とは・・・。

食料が消費者に届くまで、どれくらいの距離を輸送されてきたのかを数字で表したもの。
食料輸入量×輸出入国首都間の距離を輸入国別に算出・集計して表す。
単位はトン・キロメートル。農産物の輸送による環境負荷を計る指標の一つとして、英国の消費者運動家ティム・ラングが1994年に提唱。
環境負荷を軽減するためには、食糧自給率のアップや地産地消の実践が必要とされる。



(9)自分たちがふだん口にしている食べ物(外国産)が、今日観た映画と同じ作り方をされているのはご理解いただけましたか? 



(10)映画を観て、食べ物に対する考え方はかわりましたか?



(11)映画の感想



その他 :
●今後、生きているということは何なのか、食べ物、人間も無機質でよいのか・・・。
●いのちをもらってたべているもの、粗末にはできない。
●(あまりいい印象はないが)命にありがとう、ごちそうさまの意味を非常に感じる。
●生き物(動物)を処理する仕事はできない。
●かなり重い内容だが、知らなければいけないと思う。
●無機質に続く命のつみとり。命についての伝え方は別な方法もある。これでは、人間の食に絶望しか感じない。
●豪快かつ合理的にするとああなるのかな?


(4)食品を購入する際の価格は気になりますか?っていう質問。複数回答にしたら、特売商品は買うけど、極端に安い商品と怪しいと思っちゃう、っていう人が多かったの。おもしろいね。「安い」と「怪しい」の境界線はどこなのかとか、お客さまの心理状態をきちんと見極めないと。あ、でも特売(用)商品も極端に安い商品もないんだ、八木澤商店・・・。
地産地消は理解度が深くてうれしい。スローフードやフードマイレージはイマイチ。残念。ふだんの仕事とあまりくっつかないのかな?スローフードはイタリアだけのもの(言葉)ではないしね。きっと、僕の説明も足りないのかな。よし、しつこいくらいに言いつづけよう。
それと、妻にもアンケートをとったんだ。やっぱり僕の理想の妻でした(笑)。

お父さんはしょう油はかせ

八代目、物思いにふける 】 | 2009年3月23日

今年もしょうゆ感想文コンクールが行われました。
全国の児童(小学3年生~6年生)から1,561点の応募があって、うれしいことに、今年も地元の小学生が受賞しました。今年はねぇ、なにが嬉しいかって、工場を案内したのは「しょうゆもの知り博士」のトモオくんで、受賞したのは娘さん。
感想文の締めくくりに「お父さんかっこいい」なんて、うらやましいよ。今の世の中あんまりきかないじゃない、娘が父親を「かっこいい」なんて言うの。
よし、孫たちに「おじいちゃん、カッコイイ!」って言われるような、なにかをしなくちゃ(笑)。

受賞作文を紹介します。

 

「お父さんはしょう油はかせ」

長部小学校3年 吉田 美波

写真右:しょうゆ製造部で「もろみ」管理兼
      しょうゆもの知り博士 吉田 智雄さん
写真左:美波さん
本当はとっても嬉しくて、でも照れくさそうに寄り添った親子の写真です。

 わたしたちは、国語ですがたをかえる大豆についてべん強しました。大豆からつくられる食品の一つにしょう油があります。そこでしょう油をつくっている八木さわ商店に見学に行くことになりました。
  わたしのお父さんは、八木さわ商店ではたらいています。しょう油を作るのがお父さんの仕事です。それで、見学のおせわをお父さんがしてくれることになりま した。わたしは今までにも何回かお店に行った事があります。でも、クラスのみんなと行くのははじめてなので、見学に行く日がとても楽しみでした。
  見学の日がやってきました。学校からバスにのってお店に行きました。お店につくとすぐに、近くにある上八こうみんかんに行きました。そこでさいしょにしょう油についてのじゅぎょうがありました。じゅぎょうをしてくれるのはもちろんお父さんです。
  はじめに、ホットプレートにしょう油をたらしてそのにおいをかがせてくれました。そのにおいはおもちにつけるしょう油のにおいがしました。においのしゅる いは、なんと三百しゅるいもあるそうです。こんなにしゅるいがあるなんてだれも思っていなかったのでみんなびっくりしていました。
  次に、しょう油の味見をしました。味見したしょうゆは、さしみしょう油、うすくちしょう油、生あげしょう油の三しゅるいです。わたしが一番おいしいと思ったのは、さしみしょう油でした。
  その次に、しょう油のざいりょうをおしえてもらいました。しょう油のざいりょうは、大豆、しお、小麦だそうです。小麦が入っているのをはじめて知りました。
 さいごに、しょう油の本当の色をおしえてもらいました。わたしは黒い色だとよそうしていましたが、本当の色は赤でした。これにはとてもびっくりしました。
  じゅぎょうがおわったあとは、工場の見学をしました。あんないしてくれるのはもちろんお父さんです。工場は、二百年前にできたそうです。とても古いのに、いまでも使われているなんてすごいなと思いました。
  こうして、大豆がしょう油にすがたをかえるまでのようすをくわしく知ることができました。そして、ふだんお父さんがどういう仕事をしているのかもよく分か りました。毎日同じことをくりかえしてやることはとてもたいへんです。でも、お父さんはほこりをもって仕事をがんばっています。そんなお父さんをわたし は、かっこいいと思います。
  お父さん、これからもおいしいしょう油をつくるためにいっしょうけんめいがんばってね。

WHAT A WONDERFUL WORLD!

八代目、物思いにふける 】 | 2008年10月17日
三崎ともやす、キミと友だちになって40年以上。

I see trees of green
red roses, too
I see them bloom
for me and you
And I think to myself
"What a wonderful world !"

八木澤商店の去年の創業200周年記念祝賀会で歌ってくれてありがとう。
キミにステージに呼ばれて上がってはみたけど、
僕は迂闊にも
キミの病気を不憫におもって、声が詰まって歌えなかった。
どんな小さな会場でも、歌を生業としている人の聖域にかわりはない。
そのステージを台無しにしてしまったね。
あのときは本当にすまなかった。

I see skies of blue
and clouds of white
On the bright sunny day
or in the dark sacred night
And I think to myself
"What a wonderful world !"

家業を継いで醤油屋になった。仕事はおもしろい。
でも歌はその前からずっと好きだった。今は仕事と歌、同じくらい好きだ。
キミが歌で生きててとてもうらやましかった。
そんなキミが友だちだっていうことが、僕の自慢だった。

I see the colors of the rainbow
so pretty in the sky
And also on the faces
of people going by
I see friends shakin' hands
sayin' "How do you do?"
I know they're really saying
"I love you"

岩手に引っ越してきて嬉しかった。
盛岡に所用で出かけたときは、必ず立ち寄った「モンドリアン」。

僕は趣味でギター片手に歌うときがある。キミがライブハウスで
歌ってた曲ももちろん歌うよ。
今までは歌うことが楽しい、それだけだったけど、
これからは歌うたびにキミを思いだすんだね。

I hear babies cry
I watch them grow
I know they'll learn
much more than I'll ever know
And I think to myself
"What a wonderful world !"

「歌えない、弾けないというのであれば、ぼくが生きている意味はない。」
放射線治療、手術を拒み、歌い続けた友だちよ。
歌うことで人との出会いやこの世界に感謝を綴った我が友よ。
悲しいよ。こみ上げる悲しさと涙をこらえるのって、大変なんだなぁ。
キミの通夜の席では、声をあげて泣くことを笑って見ててくれ。

What A Wonderful World ! (この素晴らしき世界! 1968年 LOUIS ARMSTRONG)
Bye, my dearest friend, 三崎ともやす.
安らかに眠ってください。

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